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Teruo MIYAHARA
September 2009
「感性対話」
「感性」という価値判断、個の特殊性に架橋する。
心地よさに面積は関係なく、清々しさとコストの関係も同じだ。
豊かさは体感できるものに限られるだろう。
建築設計のエッセンスを
どのように捉えていますか。
私は丘に立つ一本の大きな木のような、力強く、優しく、そして美しい。そんな建築を創りたいと、いつも思っています。
「心地よい」や「さわやか」、「美味しい」という感覚、情緒で心動かされる体験をすることが有ります。
様々な要素が複雑に絡み合い、ある一瞬の煌めきのように訪れるのでしょうが、私はこの「感性」という価値判断を大切にしたいと考えています。
ややもすると、日本では工学に分類され、機能に対する数値判断が幅を利かせる建築の世界ですが、心地よさに面積は関係なく、清々しさとコストの関係もまた同じでしょう。
数値を満たす事が重要なのではなく、結果として豊かである事、より良い事だけが必要だと考えています。
「感性」に基づく価値判断に豊かさが宿る、
というような指摘をされていますね。
具体的には。
感性や感性工学といった言葉は、何やら難しいもののように思われますが、実は一般の方々の基準もこの感性を用いている事が多いのです。
同じ材料で作っても、料理は美味しい方が良いですよね。
夏の夕方に爽やかな風が吹くと心地よいですし、やはりシルクのシャツは肌触りが最高です。これらは全て感性を用いた価値判断になるのです。
その他にも音楽は全てそうですし、小説やマンガも同様です。
ある企業に頼まれてエコ住宅について文章を書いた際に、「エコを求めて作るものほど気持ち良さ等の感性の価値を高める必要がある。
そうしなければ、建て替えられたりリフォームされたりしてしまい、どんどんアンチエコな住宅になってしまう」という至極当然と思われるお話しをしたところ、皆さん驚かれていました。
ご質問に戻りますと、オーナーのニーズにお答えするのは無論として、板前さんが毎日美味しい料理を作る様に、より良い空間・建築を創るのは可能であり、私達にとっては日常の事なのです。
宮原さんにとっての住宅の理想形とは、
住まう人々の「特殊」な存在を投影する個性溢れる「豊かさ」にあるように感じます。
「豊かさ」はやはり空間から生まれるもので、ディティールから由来するものではないと考えています。
ですから、私達がディティールを決める最大の要素は、空間を邪魔しない事です。
20世紀の巨匠 ミースは”Less is more (より少ないことは、より豊かなこと)”と言いましたが、ミースの時代と違い、既製品がこれほどまでに蔓延している現在の状況の中で、「少なく行う事」は非常に難しく、また手間のかかる仕事です。
豊かさを創りあげる為に私達が行っている工夫は、もしかすると、手間と時間をかけるという事だけかもしれません。(笑)
これまで、最も印象深い作品は。
やはり独立後初めて設計した住宅(改修)” House_K”です。
一度スケルトンまで戻すという大規模な改修工事だったのですが、自分自身を信じて設計した内容が、実際に出来上がってきた時には興奮を覚えました。
企業内で行う設計とは異なり後ろ盾が在りませんから、かなりの重圧を感じながら設計も監理も行っていました。
幸運にも完成後に色々なメディアに取り上げて頂いたり、二つの賞を受賞するなど、そういった意味でも印象深いものです。
「集合住宅」(House_TTN、House_TN、House HH) の作品では、
個を連結させながら、個の特殊性を活かす工夫が見受けられます。
この3作品は私達が“都市の拡大家族の家‘と呼んでいるものですね。
それぞれに異なる関係性を持ったご家族に対して、それぞれに設計を行ったものなのですが、出来上がってみれば現代の都市における家族の関係性という意味で、一連の作品であると判ってきましたので、この様に少々仰々しい名前で呼んでいます。
拡大家族について簡単に説明しておきますと、アメリカの社会学者 マードックさんが家族の形態を考える際、核家族と拡大家族に分類したのが始まりで、親子や兄弟姉妹を通して複数の夫婦から構成される家族を指すものです。
現在でも農村部だったら一般的な家族形態かもしれません。今でこそ核家族はごく普通になりましたが、当時は逆に特殊な家族形態だったわけですから、こんな分類が必要だったのでしょう。
もっとも、現在では様々な家族形態が現れ、単身者、同棲家族、一人親家族、などなど数え上げたらきりがありません。
核家族という分類も、もともとは夫婦(収入は夫のみ)と未婚の子供の家族を典型としますが、子供のいない共働き夫婦(DINKS)や子供のいる共働き夫婦(DEWKS)など多様な形態が一般化し、本来の定義からは離れてきているのが現状なのです。
お住まいになるのは、9名(House_TTN)、5名(House_TN)、2名(House HH)です。
どのお宅も農村部ではなく都市部、それもかなりの住宅密集地にあるということ、経済性・利便性の向上を目的とすることなど共通の要素が多数見られました。
また、設計の際、強く意識させられたのは、これらの家族は昔ながらの大家族の様に一家族として同居するのではなく、複数の家族として共に暮らすことを前提としていることでした。それぞれの家族が決定権を持ち、その上で集合した家族としてより大きな決定を為すというシステムです。
日本の国と都道府県の関係を昔ながらの大家族と例えると、都市の拡大家族の家は、ユーロと参加国やアメリカの政府と各州との関係と似ているでしょうか。
国民総核家族化を経験した後だからこそ生まれる家族観なのではないかと考えています。
今はまだ少数派の形態ですが、これからどう変化していくのか、ちょっと興味を持って見ていきたいと思っています。
「House_TTN」では、
フェイス、エントランス、回廊等、シンメトリックなデザインが印象的です。
住まう人々はどのような方々でしょう。
こちらに住まうのは、親世帯+子世帯ご夫婦×2組の3世帯の合計9人です。
もともと別々にお住みだったのですが、親世帯の土地に住宅を建設し同居されるということでした。
伝統的な大家族なら大きな主室と個室群で良いのでしょうが。都市でのライフスタイルにはどうもピッタリきません。
結果として、機能に応じて世帯間を複雑に結びつけるプランを考えました。
内部と内部でつなぎ、また外部を通じてつなぎ、またある所では完全に分離させました。
両子世帯間には共有でこどもの遊び場を配置。
さらに多くの要素を一戸の家として機能させる為に、各家庭を飛び越えて同じ建具を18枚連続で配置するなど、素材、形状での統一感を取り入れました。
また、お母様の発案で、後年(もし必要ならですが)子世帯のため土地建物を2つに完全分離出来るよう配置や構造にもなっています。
実は、この決断が建物中央に後々分離の為に不要となる部分として誰の所有にもならない外部空間を許し、House_TTNの最も特徴的な複雑に接続される内外空間を生み出すきっかけとなったのです。
宮原さんの作品には統一的なテーマが感じられます。
「黒」と「白」を基調に周辺へ切り込む線形が美しいですね。
デザイナーとしての「個性」もまた欠けてはならないものとお考えですか。
当然「個性」は必要です。
逆に個性がないデザイナーという言葉が成り立つのか疑問に思うくらいです。(笑)
少々抽象的で申し訳ありませんが、住宅を例にすると、施主の言葉(要望)を、デザイナーというフィルターと言いますか、一種のプリズムのようなものを通して実体化したものが家なのだと思います。
個性が無い、すなわち何の屈折も起こさないプリズムは存在しないも同然ですよね。
デザイナーは施主の言葉の中から取捨選択し、また自分の経験から来る何かを付加したり、有る時は削る訳ですが。
この作業のベースは全てデザイナーの個性(価値観)だと思いますよ。
「House_Uc」における光のアンサンブル、曲線と非対称の混成は見事です。
オーナーはどのような方でしょう。
お住まいになっているのは、ご夫婦と娘さんの3人家族です。大阪出身の方で、とにかくカッコいいものを作ってくれと。(笑)
敷地は18坪程ありましたが、かなり変形した敷地で、隣地には建物が迫っていました。
ですから、これは一筋縄ではいかないなというのが第一印象でしたね。
幸運な事に北側斜線を考慮する必要が無かったので、造形という面では比較的自由度がありましたが、とにかく幅が狭い敷地ですから、平面(間取り)よりも断面で光と風、眺望やコミュニケーションを意識しました。
写真では太陽光が南の3Fバルコニーから茶室、パンチングの階段を通過してリビングやキッチンへ至る様子がご覧頂けると思います。
午前中、道路から屋上に見える柔らかな曲線の手摺りが屋根からの反射光で白く輝く現象が見えますが、これを私達は「天使の輪」と呼んでいますよ。(笑)
また、東面には20数個の窓をランダムに配置し、真鍮の網戸を通過して柔らかくなった光りが、各部屋から感じられるように計画されています。
気になる街はありますか。
その場所に、どのような建築物を建築設計したいとお考えですか。
私は旅行が趣味なので色々なところへ出掛けるのですが、その中で古い町並みと新しい建築がほど良くマッチしている例えば京都、フランスのパリやニーム、スペインのバレンシアといった街が好きなようです。
こういった場所は古い建築や町並みの保存に熱心な反面、新しい建築物も否定しません。
ミッテラン大統領の下行われた、パリのグラン・プロジェ(ルーブル美術館のピラミッドや、バスチーユの新オペラ座等々)はあまりに有名ですが、特にニームには紀元前に建てられた神殿の目の前に、 ノーマン・フォスター氏設計のCarred Art's (カレダール)があり、鮮烈な印象が有りました。
とは言え、街の景観とのバランスを図る為に、相当な注意をはらう必要が有り、またその難易度の高さは容易に想像できます。
建築家として是非チャレンジしたい内容だと思います。
将来、どのような建築を手がけてみたいですか。
遠い将来なら簡単なのですが、近い将来は難しいですね。
私の場合、用途や規模で自分の建築に対する考え方が変わる訳ではないので、小さな木造住宅も、美術館も超高層のオフィスビルもみな同じです。
ですから近い将来手掛けたい建築というのもイメージにないようです。
敢えて言えば、次に依頼される建築でしょうか。(笑)
建築家としてのフィロソフィ―を教えてください。
巷には快適な空間創りを阻害するような、様々な偏見が存在しています。
これは時に常識・経験とも呼ばれ、最もその妥当性を本質的な部分から見直す事が重要です。
これらの偏見に囚われないよう充分注意しながら、本来必要なものを見定め、必要なところへ、必要な量を配置するという純粋行為(=設計)を行います。
この努力が結果としてより良い何かにつながると考えているからです。
また、私たちはこの工程を通し結果として生まれたものを、用途や規模、構造や構法などあらゆる要素を超えて、ただ「建築」と定義しています。
もしかすると、私の設計した建築は、決して一般的や常識的でないかもしれません。
でも、人や土地、風や水はそれぞれ皆特殊な存在なのですから、建築もまた特殊で良いと、私はそう思っています。

